大阪高等裁判所 平成2年(行ケ)2号 判決 1991年5月27日
原告(選定当事者)
田上泰昭
右訴訟代理人弁護士
山本次郎
同
持田明広
同
畑良武
(選定者は別紙選定者目録記載のとおり)
被告
大阪府選挙管理委員会
右代表者委員長
前田進郎
右指定代理人
石田裕一
外七名
主文
一 原告の請求を棄却する。ただし、平成二年二月一八日に行われた衆議院議員選挙の大阪府第三区における選挙は違法である。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
平成二年二月一八日に行われた衆議院議員選挙の大阪府第三区における選挙を無効とする。
第二事案の概要
一(争いのない事実)
1 原告を含む別紙選定者目録記載の選定者らは、平成二年二月一八日に実施された衆議院議員選挙(以下「本件選挙」という。)の大阪府第三区における選挙人である。
2 本件選挙が依拠した公職選挙法一三条一項、同法別表第一及び同法附則七ないし一〇項の規定(以下まとめて「議員定数配分規定」という。)は、公職選挙法の一部を改正する法律(昭和六一年法律第六七号。以下「昭和六一年改正法」という。)による改正(以下「昭和六一年改正」ということがある。)にかかるものである。
3 ところで、昭和五八年一一月七日大法廷判決・民集三七巻九号一二四三頁(以下「昭和五八年大法廷判決」という。)において、昭和五五年六月二二日施行の衆議院議員選挙当時、前記2の改正前の議員定数配分規定の下において存した選挙区間における議員一人当たりの選挙人数(選挙の際の自治省の発表による。以下同じ。)の最大較差一対3.94は、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至っていたものであるとの判断が示され、次いで、最高裁判所昭和六〇年七月一七日大法廷判決・民集三九巻五号一一〇〇頁(以下「昭和六〇年大法廷判決」という。)において、昭和五八年一二月一八日施行の衆議院議員選挙当時、各選挙区間における議員一人当たりの選挙人数に最大一対4.40の較差を生ぜしめていた右議員定数配分規定は、憲法一四条一項等に違反していたとの判断が示された。これに対応して、国会は、右議員定数配分規定の改正に取り組み、第一〇四回通常国会において、昭和六一年五月二二日、八選挙区につき議員数を各一名増員し、七選挙区につき議員数を各一名減員するとともに、減員によって二人区となる選挙区のうち和歌山県第二区、愛媛県第三区、大分県第二区については隣接選挙区との境界変更により二人区を解消することを内容とする昭和六一年改正法が成立するに至った。なお、衆議院本会議において、右改正法が可決された際、今回の衆議院議員の定数是正は、違憲とされた現行規定を早急に改正するための暫定措置であり、昭和六〇年国勢調査の確定人口の公表をまって速やかに抜本改正の検討を行うものとする旨の決議がされた。
4 昭和六一年改正によって、昭和六〇年一〇月実施の国勢調査の要計表(速報値)人口に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差は最大一対2.99となった。
5 その後、なんらの是正がなされないままに経過し、本件選挙当時において、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差は最大一対3.18であった。
二(争点)
原告は、投票価値の平等(一票一価)の保障からみて、昭和六一年改正後の議員定数配分規定も、改正当時既に憲法一四条一項等に違反していたものであり、その後の人口の異動により違憲性は更に増大したのに、それが是正されないまま本件選挙が行われたから、本件選挙は、違憲の議員定数配分規定に基づく選挙として無効であると主張し(その詳細は、別紙(一)ないし(六)の準備書面記載のとおりである。)、被告は、これを争う(その主張の詳細は、別紙(七)及び(八)の準備書面記載のとおりである。)。
本件の中心的な争点は、次のとおりである。
1 昭和六一年改正にかかる議員定数配分規定は、改正当時既に憲法一四条一項に違反して無効であったか。
2 1につき消極に解される場合、右改正後の議員定数配分規定は、本件選挙当時、憲法一四条一項に違反して無効であったか。
3 2につき積極に解される場合、事情判決の法理に従い、本件請求を棄却し、本件選挙区の選挙の違法宣言をするにとどめるのが相当か。
第三当裁判所の判決理由
一日本国憲法は、国会を構成する衆議院及び参議院の議員を選挙する制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量にゆだねているのであるが(四三条二項、四七条)、国会の両議院の議員を選挙する国民固有の権利については、憲法四四条但し書が選挙資格における差別を禁止するにとどまらず、憲法一四条一項の規定は、選挙権の内容の平等、換言すれば、議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等、すなわち投票価値の平等をも所期しているものと解すべきである。しかし、投票価値の平等は、憲法上、右選挙制度の決定のための唯一、絶対の基準となるものではなく、国会が正当に考慮することのできる他の政策目的ないしは理由との関連において調和的に実現されるべきものと解さなければならない。
公職選挙法が衆議院につき採用している現行の選挙制度の仕組み(いわゆる中選挙区単記投票制)の下において、選挙区割と議員定数の配分を決定するについては、人口又は選挙人数と配分議員数との比率の平等(人口比例主義)が最も重要かつ基本的な基準というべきであるが、それ以外にも考慮されるべきものとして、都道府県、市町村等の行政区画、地理的状況等の諸般の事情が存在するのみならず、人口の都市集中化の現象等の社会情勢の変化を選挙区割や議員定数の配分にどのように反映させるかということも考慮されるべき要素の一つである。このように、選挙区割と議員定数の配分の具体的決定には種々の政策的及び技術的に考慮すべきものがあり、これらをどのように考慮して具体的決定に反映させるかは、憲法一四条一項の規定の所期する投票価値の平等の最大限の配慮の下に、国会の裁量権の合理的行使によるものである。
右の見地に立って考えても、公職選挙法の制定又はその改正により具体的に決定された選挙区割と議員定数の配分の下における選挙人の有する投票の価値に不平等が存し、あるいはその後の人口の異動によりそのような不平等が生じ、それが国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは、右のような不平等は、もはや国会の合理的裁量の限界を越えているものと推定され、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り、憲法違反と判断されざるを得ないものというべきである。なお、制定又は改正の当時憲法に適合していた議員定数配分規定の下における選挙区間の議員一人当たりの選挙人数又は人口の較差がその後の人口の異動によって拡大し、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至った場合には、そのことによって直ちに当該議員定数配分規定が憲法に違反するとすべきものではなく、憲法上要求される合理的期間内の是正が行われないとき初めて右規定が憲法に違反するものというべきである。
以上は、最高裁判所の判例(昭和五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三頁、昭和五八年大法廷判決、昭和六〇年大法廷判決、昭和六三年一〇月二一日第二小法廷判決・民集四二巻八号六四四頁)の趣旨とするところであり、当裁判所も右見解を基本的に支持するので、以下これに準拠して本件の争点について判断する。
二争点1について
昭和六一年改正法による議員定数配分規定の改正によって、昭和六〇年国勢調査の要計表(速報値)人口に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差は最大一対2.99となったことは、当事者間に争いがない。しかるところ、①昭和六一年改正が、前記第二の一の3のとおり、昭和六〇年大法廷判決により右改正前の議員定数配分規定が違憲と判断されたことに対する当面の暫定措置としてなされたものであること、②昭和五八年大法廷判決及び昭和六〇年大法廷判決が、昭和五〇年法律第六三号による公職選挙法の改正の結果、昭和四五年一〇月実施の国勢調査による人口に基ずく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差が最大一対2.92に縮小することになったこと等を理由として、昭和五一年大法廷判決により違憲と判断された右改正前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は右改正により一応解消されたものと評価できる旨判示する趣旨に徴して、昭和六一年改正に係る議員定数配分規定が憲法に反するものということはできない。
したがって、昭和六一年改正に係る議員定数配分規定が、改正当時既に憲法一四条一項等に違反していたとの原告の主張は採用できない。
三争点2について
1 前記一のとおり、衆議院議員の選挙区割と議員定数の配分を決定するについては、人口比例主義が最も重要かつ基本的な基準というべきである。前記一の他の考慮要素は、それ自体として人口比例主義と併立する別個独立の原理というべきものではなく、いわば厳密な人口比例主義の貫徹に対する若干の緩和的ないし修正的要素としてしんしゃくし得べき事項とみるべきものである。したがって、非人口的要素により是認されるべき較差拡大の程度にはおのずから限度があるというべきである。しかるところ、前記二の昭和六一年改正時の選挙区間における議員一人当たりの人口の最大較差一対2.99は、憲法上の選挙権の平等の要求に反する投票価値の不平等状態の一歩手前というべきぎりぎりの較差値と考えられ、当時における人口の都市集中の状況(当裁判所に顕著である。)に照らし、早晩手直しを要求されるものであることが明らかであったということができる。国会においても、当然この点に留意しており、前記第二の一の3のとおり、昭和六一年改正法が同年五月二一日に衆議院本会議で可決された際、今回の定数是正は当面の暫定措置であり、昭和六〇年国勢調査の確定人口の公表をまって速やかに抜本改正の検討をする旨の決議が行われた。
2 <証拠>によると、昭和六〇年国勢調査の確定人口の公表は昭和六一年一一月一〇日になされた事実が認められる。ところが、なんらの是正がなされないままに経過したことは、当事者間に争いのないところ、前記1の衆議院の決議の存在、投票価値の平等の保障は衆議院議員の選挙制度の基本であることにてらせば、国会が速やかに適切な対応をすることが必ずしも期待しがたいことを考慮しても、右の国勢調査の確定人口の公表がなされてから遅くとも三年後には是正の合理的期間を経過したものといわざるを得ない。しかるに、依然として是正がなされないまま経過し、本件選挙当時において、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差は最大一対3.18であったことは、当事者間に争いがない。なお、弁論の全趣旨により、本件選挙当時において、選挙人数の少ない選挙区の議員定数が選挙人数の多い選挙区の議員定数よりも多いといういわゆる逆転現象が全選挙区間において別紙(五)の準備書面添付別表のとおり一〇七八通り存在し、そのうち定数二人の差のある顕著な逆転現象が二〇四通りもあったことが認められる。
3 以上検討の投票価値の不平等の程度及びその不平等の是正の合理的期間の徒過を総合考慮すると、昭和六一年改正後の議員定数配分規定は、本件選挙当時、憲法一四条一項に違反して無効であったというべきである。
四争点3について
本件選挙について、①違憲の議員定数配分規定によって選挙人の基本的権利である選挙権が制約されているという不利益など、本件選挙の効力を否定しないことによる弊害、②本件選挙を無効とする判決の結果、議員定数配分規定の改正が当該選挙区から選出された議員が存在しない状態で行わざるを得ないなど、一時的にせよ憲法の予定しない事態が現出することによってもたらされる不都合、③本件選挙当時の選挙区間における議員一人当たりの有権者数の較差の程度その他本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると、いわゆる事情判決の制度の基礎に存するものと解すべき一般的な法の基本原則に従い、原告の請求を棄却し、本件選挙の大阪府第三区における選挙の違法を宣言するにとどめるのが相当である。
五よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官上田次郎 裁判官渡辺貢 裁判官中田昭孝)
別紙選定者目録
田上泰昭
田上浩子
木村昌義
木村由美子
博本正和
博本順子
博本雅子
鎌田俊一
鎌田佳子
赤星憲克
赤星正子
川副昭人
川副君子
川副裕
管正徳
管みどり
管竜太郎